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発達障害 みんなのストーリー

つまずいたら、冷静に向き合ってみる。
特性を理解することで、お互いに心地
よい働き方を作る

対談者:
・当事者 Kさん(ADHD、エルアイ武田に勤務)
・当事者の上司

Kさんのプロフィール:

  • 年齢:40代
  • 職業:エルアイ武田
    (武田薬品工業の特例子会社)社員
  • 特性に気づいた時期:30代前半
  • 発達検査を受けた時期:30代前半
  • 診断名:ADHD(注意欠如・多動症)

主な特性:

  • 興味のあることに関して知識を得ることは得意
  • 興味のあることに熱心に取り組む
  • 衝動性がある
  • 場に合わせたコミュニケーション、空気を読むことが苦手
  • 指示を言葉通りに受け取り、それを厳密に守って行動する

本文中に使用されている専門用語(アンダーラインのついたもの)については発達障害関連ワード集に詳しく説明があります。

発達障害に気づく

ハローワークに出した求人が、当事者との出会い

上司:Kさんとの出会いは、当社がハローワークに求人を出した際に応募いただいたことがきっかけです。当社に就職する前は別の勤務先で働いた経験があったそうですが、仕事が続かないことを家族が心配して、市の福祉課への相談から障害者手帳の取得に至ったそうです。

上司:乳幼児健診の時に指摘を受けたこともあり、小学校は特別支援級に在籍していたそうです。大学では夜間学部に通い、日中の仕事を探していたそうですが、面接や試用期間に落ちてしまったり、職場の環境が肌に合わず退職してしまったりと、この頃からつまずきを抱えていたそうです。昔からKさんをサポートされている支援者の方によると、学科の履修などすべてを自分で決めて管理しなければならない大学生活でも、難しさを抱えていたそうです。

職場での当事者の態度が原因で衝突やすれ違いが生じる。その後、離職者訓練へ

上司:私たちがKさんに抱いた最初の印象は、「人の話を落ち着いて聞くことが苦手」「先走りがち」といったものでした。ただ、こちらとしては、明確な返事や語彙力もお持ちだったので、「なぜ伝えたことが実行されないのだろう?」と悩むこともありました。実は、私たちが伝えたことをKさんは理解できていないことがあり、Kさん自身も、自ら「理解することが難しい」と気付かず、私たちに伝えることができなかったそうです。

上司:ある時、皆で会場設営の作業をしていたのですが、設営作業がまだ終わっていないにもかかわらず、会場の外でぼーっと立っているKさんを見つけました。作業に参加しないKさんを叱り、「仕事をする気がないのか?」と問うと、Kさんは「ない」と言うので、こちらとしてもどうしようもなく、「もう帰っていい」と伝えたところ、本当に帰ってしまったのです。

上司:実はこの時、Kさんの中では、「指示を受けていないから動けずにいたのに怒られ、その怒られた理由も、何が起きたのかもわからない状態」だったそうです。この後、支援者に第三者として介入いただいたところ、Kさんから「あの職場では何をやっても注意されるので、合っていないと思う」との話があり、しばらく休職し、福祉事業所の再訓練を受けることになりました。支援者が提案してくれた離職者訓練の中で、自分自身の特性を理解できていない場面が多々あったことから、自分を見つめなおすために発達検査を受けることを勧められました。

その後、発達検査を受けたところ「人の話を聞くことが苦手」という特性について、「相手が口頭で発する言葉が、外国語のような意味不明な音の羅列に聞こえ、理解しにくい」という結果に本人も納得できたそうです。

発達障害を受け入れる

離職者訓練中に発達検査を受け、診断

上司:発達検査を受けたところ、「視覚的な情報は理解できるが、耳から聞いた情報は理解しにくい」などの特性が見つかり、Kさんは発達障害、ADHD(注意欠如・多動症)と診断されました。

Kさん:既に療育手帳を取得していたこともあり、診断にはあまり衝撃を受けず、漠然と「そうなのか」と思ったくらいでした。あまり深く考えることもなく、すんなり受け入れることができました。

上司:発達検査の結果を本人、支援者、会社同席のもと職業センターの方から説明を受け、共有できたことで理解が深まりました。

会社、職業センター、支援者、当事者の全員で発達検査の結果を読み解き、
初めて腑に落ちた

上司:職業センターの方に会社まで来ていただき、私たち指導員、職業センター、外部支援者、そしてKさんと一緒に判定を読み解いたところ、冒頭の「主な特性」に挙げた内容が明らかになりました。

上司:私たちはこれまで重度の障害のある方と接することの方が多かったため、一見、何の問題もないKさんが何を理解できていないのかがわからず、何度も衝突してしまったこともありました。かつて私が在学していた大学の福祉学部では、発達障害について学ぶ機会もなく職業センターの方の話を聞いて初めて理解できたことがたくさんありましたし、これまでの様々な出来事についてようやく納得することができ、腑に落ちました。

当事者自身も、発達の傾向や障害者手帳を持つ意味を理解できた

上司:Kさん自身も、かつては自分の困っている状況をどう理解すればいいのかわからず、障害者手帳を持っている意味もわかっていなかったそうです。

Kさん:仕事をする際、自分では決められたことをきちんとやっているという認識でいるので、誰かに叱られても自分の非を認められずに謝ることができなかったり、ミスを隠そうとしてしまったりしていました。例えば、優先順位をつけるのが苦手といった働きにくさの背景にある自分の特性などは、そこで初めて理解できたと思います。今では注意されても「そうか」と納得できるようになりました。

発達障害と共に歩む

当事者のロジックに合わせて指示を工夫。
すれ違いを感じたらまずは「対話」を

上司:離職者訓練を経て、Kさん自身が働いてお給料をもらうことの大切さを理解されたことで、私たち指導側もKさんに対するスタンスを改めることができる状態となりました。そして現在、Kさんが復職されて約10年が経過しています。

上司:復職されて以降は、私たちも、Kさんの特性に合わせたコミュニケーションを図るように努めています。

上司:例えばある時、Kさんに「明日は悪天候なので早めに家を出ましょうね」とお伝えしました。そこでKさんはいつもより5分早く起床したそうですが、それにもかかわらず会社に到着したのはいつも通りの時間でした。この事例では、「悪天候なので早めに家を出る」という言葉の裏にある、「交通の乱れや足元の悪さによって会社に遅刻してしまうかもしれない」という情報がうまく伝わっていなかったのです。Kさんの「人の話の裏にある情報を読み取るのが苦手」という特性に加え、時間の逆算が苦手という特性のために、時間感覚に関する抽象的な口頭指示がうまく伝わらないのです。Kさんの特性を理解する前であれば、「なぜできないの?」と問い詰めてしまっていたでしょう。この場合は、「会社に遅刻してしまうかもしれないから、明日は6時に起きて6時半のバスに乗ってくださいね」と端的かつ具体的に伝えることで、Kさんに正しく要望を伝えることができ、またKさんもそれを忠実に守ってくれるようになりました。

上司:このほかにも、例えば14日までの提出物があった場合、多くの人は提出日より前に仕上がった場合はその時点で提出しますが、Kさんはたとえすでに仕上げていたとしてもわざわざ14日まで待って提出されます。そのように、彼にとっては、私たちが無意識に「普通はこうするだろう」と捉えている感覚は、言語化されて初めて腑に落ちるものなのです。

Kさん:また、すれ違いが生じたときは、「どのように考えて行動した結果、こうなったのか」について上司と話すようにしています。そうすることで、お互いの認識の中のボタンの掛け違いに気づくことができ、次の工夫につながります。

上司:Kさんは気づきさえ得ることができれば、さまざまな対処法を次々に身に付けてくれるので、着実に活躍してもらうことができています。

Kさん:私自身も、分からないことは自分からリーダーに聞きに行ったり、メモを取ったりして工夫しています。またビルクリーニングの資格も取得し、アビリンピック(全国障害者技能競技大会)のビルクリーニング部門で賞を取ることもできました。

要望を「ルール」として伝えることで、お互いに働きやすい関係へ。今では誰よりも気遣い上手に

上司:Kさんは、一度ルールとして覚えると、ものすごく実直にそれを守ってくれます。マネージャー側が指示を間違えると、逆に指摘もしてくれますし、仕事に手を抜くこともありません。むしろ徹底的にやりすぎて時間が読めなくなり、遅れてしまうこともありますが、「次からは遅れるときに一本連絡を入れるように」と伝えれば、その通りに行動してくれます。

Kさん:ただ、予期せぬ出来事が起きると、パニックになったりADHDの特性があふれてきたりすることもあります。そのため、「焦ったらまずは深呼吸する」ことをルールにすることを上司と決め、それを意識するようにしています。そのおかげで、今では自力で落ち着きを取り戻して対処できるようになりました。

上司:コミュニケーション面においても、ルールとして伝えることで改善された点もあります。

Kさん:かつての私は、言葉遣いにとげがあり相手をカチンとさせることも多々あったようです。しかし上司から、「こういう言い方をされると相手は傷つくんだよ」と指摘してもらったことで、自分の言葉に気を付けるようになりました。

上司:今では周囲に思いやりの言葉をかけるなど、誰よりも相手の気持ちに敏感で、誰よりも皆を気遣ってくれる、頼れる存在です。

上司:このように、対話の中でルールを作っていくことで、ニューロダイバーシティにも通じるような認知の違いを乗り越えて、お互いに働きやすい環境につながっています。今でもトラブルがないわけではありませんが、「Kさんは真面目だから何があっても許せる」と思えるまでの信頼関係を構築することができました。

生活面については外部の支援者によるフォローもうまく活用

上司:トラブルがあった場合は、家族ではなく、就職前に所属していた事業所や就労支援機関の支援者と連携し、客観的な対処を行うことにしています。支援者の方には、Kさんと一緒にTPOに合う服を買いに行っていただいたり、グループホームを紹介していただくなどの協力を得ることができたりと、助かっています。

Kさん:日々の相談相手はグループホームの職員の方です。支援機関からは手紙や様子伺いの電話をもらうことはありますが、今は困りごとが特にないため、その旨の返事をする程度です。

上司:重要な用事がある場合はKさんだけでなく会社からグループホームの担当者さん宛にもメモを渡し、フォローしてもらっています。

Kさん:市役所には、障害者手帳の更新や福祉サービス認定のために年に1回程度行き、自分で手続きしています。役所から書類が届いた際には、自分で目を通した後に職員さんにも共有しています。

いま悩んでいる方へ―相談先と障害者手帳について―

市役所や基幹相談支援センター等に相談し、支援機関とつながる

上司:市の福祉課は、支援に関する情報をまとめて所有しているため、市役所に相談すると、支援機関につないでいただけるケースもあります。また、基幹相談支援センターに相談すれば、事情を聞いた上で適切な相談先に振り分けてくださいます。

上司:支援センターにつながることができれば、困難はとりあえず解決へ向かうと思います。昔とは異なり、今では公的機関だけではなく民間の支援事業者も選ぶことができるので、当事者に合うところを探せると思います。支援の種類としては、就労に特化した就労支援センター、生活全般も見てくれる生活就労支援センターなどがあります。就労支援センターはハローワークともつながっており、職場訪問にも対応しています。

※就労支援センターの支援内容やその後の経過は、各センターの事業内容やご相談者の状況によって異なります。

障害者手帳は困ったときの「お守り」として持っておき、使わなくてもよい

上司:これは個人的な意見ですが、障害者手帳には抵抗のある人もいると思いますが、常に提示するわけではありませんし、取得した上でクローズ就労(自身の障害を勤務先には公開しない、または職場内にて限られた人にだけ開示するような就労方法)することもできます。ですから、困ったときのための「お守り」として持っておけばよいのではないか、とお伝えしています。

ご家族の方へ―障害を受け入れることの難しさと大切さ―

上司:ご家族の理解があれば当事者の困りごとは軽減できますし、最近では早い段階で発達障害に気づくケースが増えています。しかしその一方で、当事者がある程度の年齢に達してから障害に気づいた場合、ご家族の方、特に親御さんがその気づきを受け入れられないというケースもよく耳にします。

上司:早くから障害に気づいたことで、受け入れや対応がスムーズにできたケースと、そうでないケースとでは、その後の当事者の生活や就労の安定度合が大きく異なります。

上司:私は、発達障害に関して様々な合理的配慮が得られる点で、早期に診断された方がメリットは多いのではないかと思います。また企業側としても、支援機関と連携できることは安心材料になりますし、支援機関からの実習依頼が会社に入ることでマッチングが図られ、就労の安定が図られます。ただ、当事者のご家族にしかわからない事情や葛藤もあるかと思いますので、まずは支援機関に相談されるのが重要な第一歩ではないでしょうか。

周囲の方へ―環境次第で障害は障害でなくなる―

上司:時折、精神障害者保健福祉手帳を持っている方の中に、発達障害がベースにありそうだな、と感じる方もいます。ただ、ご自身の障害を精神障害(精神疾患)だと強く思っている方ほど発達障害を受け入れることは難しいのではないでしょうか。

上司:周囲の理解に関して言えば、生活の中で障害のある方と接した経験のない方も多いので、一律に理解を求めることは難しいと思います。特に発達障害は、隠そうと思えば隠せてしまうので、相互理解が難しいという面もあります。

上司:ただ、障害は「生きづらい」と感じたところから「障害」と考えられるようです。逆に、周囲の環境とうまく折り合いをつけられれば、たとえ障害があると診断されていても、当事者にとってそれは障害ではなくなります。

上司:近年、発達障害への注目が高まりつつありますが、発達障害のある方が増えたのではなく、発達障害を認識できる周囲の方が増えたのだと思います。せっかく認識できているのですから、次は障害の相互理解に向けて、当事者も周囲も発達障害について正しく理解し、偏見を少しでも減らし、お互いが生きやすい環境を共に作っていけるとよいと思います。

株式会社エルアイ武田

1995年に武田薬品工業株式会社の特例子会社として、薬業界では初めて、障害者雇用を目的に設立された会社です。聴覚及び知的障害の社員でスタートし、現在では精神・発達障害の方も増えて、多くの社員が「働きたい!」「社会参加したい!」という意欲を持って元気に働いています

退職した社員による作品

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